培養肉の「売る側」から「支える側」へ BSFのmilieu.bio設立が映す細胞農業の新しい稼ぎ方
ニュースの概要
英国のバイオ企業BSF Enterpriseが、培養肉を含む細胞農業への関わり方を大きく変えると発表した。これまでは最終的な食品を自社で作る路線だったが、今後は細胞を育てる現場に向けた消耗品や原料の供給に軸足を移す。傘下のCultivated Meat Technologiesは「milieu.bio」へ社名を改め、細胞培養用メディア添加剤(=培養液に加える補助成分)の販売に専念する。主力として示されたのは、細胞の増殖や培養環境を助ける独自の高分子クラウディング添加剤「CityMix」だ。完成品の肉を売る会社から、作り手全員が使う部材を売る会社へ。この転換は、培養肉業界が資金と時間の壁にどう向き合うかを映している。
引用元: BSF Enterprise、培養肉事業を細胞培養用メディア添加剤に再編し、milieu.bioを設立(Reuters)
分析・見解
完成品をやめて部材に絞る、判断の中身
培養肉の事業は、細胞を育て、形を整え、規制の承認を得て、売り場に並べるまで道のりが長い。すべてを一社で背負うと、売上が立つ前に資金が尽きやすい。今回の再編は、その重荷のうち「育てる現場で使う部材」だけを切り出して売る選択である。
ゴールドラッシュで確実に稼いだのは、金を掘る人よりつるはしを売る人だった、という古い話に近い。培養肉分野への投資額は2021年の約14億ドルから2023年には2億ドル台へ急減したとされる。最終製品の発売前に体力を失う企業が増えるなか、部材供給は小さな売上でも早く立ち上げられる。
培養液のコストが業界全体の足かせになっている
培養肉の原価を重くしている要因のひとつが、細胞に与える培養液である。成長因子などの高価な成分が多く、食品として成り立つ価格まで下げるのは難しい。少ない成分でも細胞がよく増える工夫は、どの企業にとっても価値が大きい。
CityMixは、高分子クラウディング添加剤と呼ばれる種類にあたる。これは、培養液に大きな分子を加え、体内のように分子が混み合った状態を再現する考え方だ。混み合うと細胞のまわりの反応が進みやすくなり、細胞が足場となる物質を作りやすくなるとされる。ただし、実際の効果の大きさは公表情報だけでは確かめられない。ここは今後の検証が必要な部分である。
自社で作らず売ることで、競合も顧客に変わる
最終食品を作る会社が配合を抱え込むと、他社はその技術を使えない。部材として売るなら話は逆になる。培養肉メーカー、培養魚介の新興企業、さらには再生医療や化粧品の研究室まで、細胞を育てる全員が顧客になりうる。
細胞培養の市場は、食品よりも医療・研究のほうが価格を受け入れる余地が広い。食品向けの低価格化を目指しながら、研究用途で先に収益を得る二段構えも組める。ここに独自の見方を加えたい。これは撤退というより、顧客の入れ替えである。従来の顧客は一般消費者で、承認と価格の壁を越えるまで売上が出なかった。今後の顧客は研究者や製造担当者で、効果は数週間の試験で分かる。販売の周期が年単位から月単位に縮むことが、資金繰りには何より効く。
部材ビジネスの落とし穴と見極めるべき点
ただし、部材ビジネスには別の難しさがある。効果が特定の細胞でしか出ないなら、他社は採用しない。食品に使うには、安全性の確認や各国での原料の扱いを整える作業も欠かせない。
さらに、部材は性能と価格で横並びに比べられる。大手の試薬メーカーが似た製品を出せば、値下げ競争に巻き込まれやすい。独自性を第三者の試験データで示せるかどうかが、分かれ目になる。
ビジネスへの影響
培養メーカーは「配合を自社で抱える」発想を見直す
細胞を育てる企業にとって、培養液は原価の大きな部分を占める。外部の部材で増殖が良くなるなら、自前の研究に割く人員と時間を、味や食感の開発に回せる。まずは小規模な比較試験から始めたい。現在の培養条件で添加した場合としない場合を並べ、増殖の速さ、細胞の状態、使う成分の量を記録する。数字が取れれば、仕入れ先との価格交渉にも使える。
注意点は、一社の部材に頼り切らないことだ。供給が止まれば生産も止まる。代わりの調達先を一つは確保し、切り替えの手順も決めておく。
投資家と提携先が見るべき三つの確認事項
部材事業へ転じた企業を評価するときは、次の三点を確かめたい。第一に、効果を示す第三者の試験データがあるか。第二に、食品用途で使うための安全性の確認が進んでいるか。第三に、売上の内訳が研究用途と食品用途のどちらに偏っているかである。
提携を考える食品企業も同じだ。部材の供給契約では、独占か非独占か、価格の改定条件、配合の秘密保持の範囲を先に詰めておくと、後の揉め事を防げる。
食品以外の売り先まで視野に入れる
他業界の企業にも示唆がある。新しい食品分野で最終製品の事業が重いと感じたら、自社の技術の一部を部材として外販できないかを考える価値がある。完成品の売上は遅れても、部材の売上が先に立てば、研究を続ける体力になる。培養肉に限らず、発酵や植物工場でも使える発想である。
まずは自社の工程を棚卸しし、他社も困っている作業を一つ見つけることから始めたい。