ADMとBeliever Meatsの提携が示す培養肉の次の壁
ニュースの概要
持続可能な栄養分野で事業を展開する米ADMと、イスラエルの培養肉企業Believer Meatsが、培養肉の開発と商業化に向けた非独占的な覚書(MOU)を結びました。協力の対象は、原料、培地、栄養設計、製造工程まで、生産の流れ全体に及びます。ADMが持つ幅広い食品原料と、完全な栄養設計に関する知見を、Believer Meatsの細胞培養技術と組み合わせる狙いです。非独占であるため、両社とも他の相手と組む余地を残しています。法的拘束力の強い契約ではなく、まずは協力の入り口を設けた段階といえます。
引用元: ADMとBeliever Meats、培養肉の開発・商業化で協業(AgroSpectrum)
分析・見解
培養肉の勝負は、細胞より「餌」のコストで決まる
培養肉は、動物から取り出した細胞を、栄養液の中で増やして作ります。この栄養液を培地といいます。実は培養肉のコストの大部分は、この培地が占めるといわれています。成長因子(=細胞に増えろと指示する成分)など高価な添加物が必要なためです。
つまり技術的な難所は、細胞そのものよりも、細胞に何をどれだけ安く与えられるかにあります。ADMのように大豆やトウモロコシ、各種のタンパク質や糖類を大量に扱う企業は、この部分に直接関われる数少ない存在です。
穀物メジャーが入る意味は、安定した大量調達にある
ADMは世界有数の農産物の加工・流通企業です。原料を安定した品質で、大量に、安く確保する力は、スタートアップが自前で持てるものではありません。
似た構図は過去にもあります。植物由来肉の分野では、大手の原料会社が大豆やエンドウ豆のタンパクを供給し、ブランド側が製品化を担うという分業が定着しました。培養肉でも、同じ分業が起きる可能性があります。ただし培養肉の場合、供給するのは単なる原料ではなく、細胞が育つための食事設計そのものです。要求水準はずっと高くなります。
非独占の覚書が語る、両社の慎重な距離感
今回の合意が非独占である点は見逃せません。ADMは複数の培養肉企業と並行して組めますし、Believer Meatsも別の原料会社と組めます。
背景には、培養肉業界の資金環境の厳しさがあります。ここ数年、投資資金は大きく減り、事業を縮小したり撤退したりする企業も出ました。大手は大きな賭けを避け、複数の選択肢を持ちながら様子を見たいのが本音でしょう。覚書という形式は、そうした慎重さと、将来への布石の両方を表しています。
規制の承認と価格の壁が、次の関門になる
米国では2023年に培養鶏肉が初めて販売承認されましたが、市場規模はまだごく小さいままです。州によっては販売を禁止する動きもあります。
原料の供給網が整っても、承認を得ること、そして従来の肉と並べて遜色ない価格で売ることが残ります。今回の協業は、その価格面の課題に向けた一歩ですが、成果が見えるまでには数年かかると考えるのが現実的です。
ビジネスへの影響
食品原料メーカーには新しい販売先になりうる
培養肉向けの培地原料や栄養成分は、まだ小さな市場です。それでも、規格が固まる前に関係を築いた企業が、のちに標準的な供給元になる可能性があります。食品原料や発酵、タンパク質加工を手がける日本企業にとっては、自社の素材が細胞培養に使えるかを早めに確かめる価値があります。
食品メーカーや商社は提携の形を見直す好機
今回のように、非独占で幅広く検討する形は、参入のハードルを下げる実例です。最初から大型の出資や独占契約を結ばず、共同検証から始める方法は、リスクを抑えたい企業に向いています。
自社の原料や設備を使った小規模な試験から始め、コストと品質の数字を確かめてから次に進むのが現実的です。
投資や事業計画では、時間軸を長めに置く
培養肉は話題性が先行しがちですが、価格と承認の壁は残っています。事業計画では、数年単位の黒字化を前提にせず、原料コストの低下率や各国の規制動向を指標として定期的に見直すことが大切です。短期の収益より、供給網の中での立ち位置づくりを目的に据えると判断がぶれにくくなります。